皆さんは、「医療的ケア児」という言葉を聞いたことはありますか?
医療的ケア児とは、様々な病気や事故などにより、日常的に医療ケアを必要とする子ども達です。
医療的ケア児と一緒にいる時間の多いママ達は、子ども達のケアやリハビリ・病院の受診等、日々時間に追われています。
しかし、医療的ケアを必要とする子ども達の子育てをしているママ達は、働き盛りの世代でもあります。
一度子育てのために退職した後も、可能であれば復職を希望する声が医療ケア児のママたちの間でも挙っているそうです。
この課題は、医療的なケアを必要とする子育て世帯に限らず、子育てをしているご家庭全般の課題にも共通するのではないでしょうか。
今回は、医療的ケア児を育てるママ達の就労支援の仕組み作りを目指す、NPO法人みかんぐみ(以下・みかんぐみ)の副代表理事荻野志保さん、社労士の佐藤道子さん、キャリアカウンセラーの高安千穂さんをお招きしてお話を伺いました。
(司会進行は、ゲンキのモト副編集長・赤坂野恵と、ライター・室津瞳が担当します。)
みかんぐみ 副代表理事 荻野志保さん
NPO法人みかんぐみ副代表理事。二人の子育てをしながら、病気や障害を持つ子の親とし ての経験を生かして様々な活動に従事。全国で講演なども行なっている。息子に「無駄に ポジティブ」と言われるほど楽天家に見えるらしい。趣味は旅行。医療的ケアのある娘との海外旅行を画策中。
NPO法人みかんぐみ・ホームページはコチラ
社労士 佐藤 道子さん
ワーライフバランスに特化した社労士事務所とコンサルティング会社を経営している。ダ ブルケアの当事者である仲間と2019年に「スマイル☆ケアケア」を結成。全国で勉強会を スタート。ひとりで頑張りすぎてしまっているケアラーにお会いして、「ひとりじゃない よ あなたのことも大切にしてあげて」というメッセージとともに、ケアする人のケアの必要性を痛感しながら、ダブルケア支援の必要性を社会に緊急発信中。
キャリアカウンセラー 高安千穂さん
ワーク・ライフバランスコンサルタント、キャリアコンサルタントとして活動。自分自身も多重ケアを理由として休業した経験などから、スマイルでケアに取り組む個人と組織を支援し、その輪を広げるために活動するチーム「スマイル ケアケア」を5人の専門家と共に立ち上げ。
ライター 室津瞳さん
2児の母。2017年子育て・介護のダブルケアを経験し、ダブルケアの支援団体であるNPO法人こだまの集いを設立、代表理事に就任。看護師、介護福祉士。
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みかんぐみの発足。なぜママ達は、就労支援を行おうと考えたのか?
みかんぐみ副代表の荻野さんの長女は、生後9か月の時に障害を抱えることになりました。
当時、娘さんは保育園の入園が決まっていたそうですが、重度の障害児の受け入れは前例がないという理由から、保育園での預かりは難しいという判断になったといいます。
荻野さんは管理職の立場で復職を予定していましたが、娘さんの保育園事情から退職を決意されたそうです。
娘さんは、現在は小学校3年生。
状態としては、本人が身体を動かせるのは、目を大きく開く・首を少し動かす・肩を動かす程度。食事は胃ろうという、胃に直接チューブから栄養を注入して栄養を摂る方法をとっています。
また、気管切開からの痰吸引や夜間の呼吸器使用など、日常において医療的ケアが必要な状態だそう。
2014年、杉並区の療育センターで同じグループだった8人のお母さん達が集まり、みかんぐみの活動は始まりました。
親子で楽しめるイベント活動や、自分たちの経験を活かした本の出版など活動を続けていますが、子ども達をサポートするだけではなく、その親へのサポート、すなわち親も子もそれぞれに支援していく必要性をメンバーは感じました。
働き盛りである親達が、子育てをしながらも個々に望む形で「就労」できる環境を整えることが、必要だという想いに至ったとのこと。
そして、みかんぐみは2018年に任意団体から法人化し、2019年より就労支援事業を開始しました。
現在では、みかんぐみの7名のメンバーが業務委託契約をしています。
仕事の内容は、オンラインで完結できる業務、例えばテープ起こしやデータ入力等を、現在は請け負っているとのこと。
メンバーは、オフィスワーカーレベルの能力を持ち合わせています。
荻野さんは、もっと柔軟に働ける仕組み作りを行い、母親たちの可能性を広げるとともに、世の中にも貢献していきたいと語っていらっしゃいました。
業務委託のあり方として、病気や障害のある子どもは急な体調不良で入院するなど、子どもの体調によって親の就労可能な状況が変化しやすいことがあげられます。
業務のシェアリングも考慮し、納期を担保する計画を考えているそうです。
みかんぐみ×社労士×キャリアカウンセラーの対談
編集長の次男くんは障害を持っており、過去に急に入院が必要になったとき、翌日の仕事を急遽他のメンバーに任せるという場面がありました。
スタッフの間では、日頃から誰かが突然のお休みになることを想定して、下記の方法を作っています
・編集室の3人のメンバーでメールアドレスを1つに集約
・メールアドレスを共有することで、情報共有を行う
誰かがフォローし合える状況を作り、安心感を持って働ける体制にしていました。
チームワーク作りのコツは、情報共有できる環境を作ることです。
これまでに、ワークライフバランスや働き方改革の支援をしており、みかんぐみさんのお話を興味深く聞いていました。
組織側からの視点としては、大事な社員さんですから、もちろん介護離職ゼロや継続就業出来たら良いですね。
また、もしすでに仕事を辞めていたとしても、職場に戻ってきやすい社会であるということが大事だと思っています。
1点目に、継続就労をしやすい企業というのは、言いにくい相談も「言える」という点があると思います。
相談しやすい雰囲気がない職場では、困っていることがあっても一人で悩んで、突然「辞めます」ということにもなりかねません。
日頃から率直に、小さなことまで話せる関係作りが大事です。
2点目としては「チーム戦」ができる環境を整えておくこと。その人しかできない仕事ばかりの職場では、安心して休むことも、休んでもらうこともできません。
不測の事態を常に考慮し、日頃から整理整頓や情報共有を心がけ、サイボウズ(仕事の効率化が図れるクラウドサービス)のグループメールを使ったり、いつでもだれでも情報にアクセスでき、大変な人を孤立させずにチームでサポートできる職場を作りましょう。
3点目として、環境だけではなく、本当に仕事が「誰でも出来る」ように日頃から備えておくということです。
いざという時にチーム戦で仕事に取り組もうとしても、突然の代理では戸惑うこともあるでしょう。
何もトラブルがないときから、あえてローテーションをして実作業での経験をそれぞれに積んでおいたり、作業をマニュアル化したり、ひな形化しておくことが重要です。
こういった工夫をすることで、育児や介護といったケアをしながら働く人が、肩身の狭い思いをすることも減らせます。
女性の人生では様々なライフイベントが起きますが、自分の人生を自分で選んで求めていくことも望めます。
個々の成長を認め、チャレンジを応援できる組織作りが今求められており、マネジメント力を高めていく必要があるでしょう。
就労はその一つ。
自分だけの時間を持つことがなかなか難しい状況にあるからこそ、その時間は自分に立ち返ることができるのではないでしょうか。
そのことに、この就労支援の意味があると考えています。
その中で、子どもに集中して関わるあまり、冷静な目で見られなくなるという話しを伺いました。
小児科医の先生は、ママも仕事をして自分の世界を持つことで、子どもとの向き合い方にも冷静になれるとアドバイスされていました。
そういうときに自分の世界、この場合は仕事になるわけですが、その世界を持つことで客観的な目を養うこともできると思います。
ただ、病気や障害のある子どもたちは健康状態が急変したり、生死に関わる場面も少なくはないので、安心して働きやすくするための工夫は必要ですね。
子育てをしているママ達の就労支援は、ワークライフバランスを重視する社会の考え方とも、とてもマッチングすると思います!
オールウィンな形でどんどん発展していきそうですね。
キャリアカウンセラーとしての視点では、事情がある人間のほうが、マネジメントに近い役割を担えたらうまくいく可能性が高いと感じています。
パートタイムや派遣の場合は、時間で仕事をする形になるので、それよりも権限を持ちながら自由な働き方をしたほうが就労しやすいのではないでしょうか。
また、「今後外注するために必要な、社内の業務整理も手伝います」という形でも請け負えたら、さらに可能性が広がるのではないでしょうか。
常にコミュニケーションが取れて仕事が進められていれば、 急に対応出来なくなる事情が発生しても、問題なく仕事は進められると思います。
得意分野や実績が増えていけばブランドが高まり、仕事が自然と集まってくると思います。
後は、各メンバーの方の仕事の得意分野を堀下げて集めていくことで、受注できる仕事もぐんと増えると思います。
将来的には障害児の親に限らず、だれでも登録できる仕組みにしたいと思っています。
社会とつながる仕事を打ち出せると良いなと思っています。
派遣契約では、直接指揮命令を行うことができますが、業務委託では委託先に指揮命令を行うことができません。その違いをしっかり理解しておくことも大切です。
みかんぐみの就労支援事業は、委託契約がメインになるのですよね。
委託契約は、委託先企業と業務委託契約を結んで業務を請負い、「その業務を完遂し、納品する」ことが目的になります。
事業として行っていく上では、何か起きた時のリスク管理にも注意を向けることが大切です。
例えば、企業側が強く求めることは、情報管理の部分で、情報漏洩の対策ルールをきちんと作って、働くママさん達にもその大切さを知ってもらう必要があります。
ルールをしっかりしておくことで、企業も安心して仕事を依頼しやすくなると思います。
窓口がみかんぐみであり、実務を行うメンバーの方をクライアント企業に紹介することがなければ、完全に外注になりますね。
はい。その通りです。
仕事を依頼する企業と業務委託契約を結んでいるのは、みかんぐみだ!ということをしっかり認識しておくと良いと思います。
企業とみかんぐみが契約をするので、契約の履行はみかんぐみが請け負うということになります。
スキルの見える化は受注に確実に必要です。
英語もただできるにとどまらずに、専門用語がわかると個人事務所でも沢山ニーズがあります。
働くママさんのスキルアップ支援も、みかんぐみさんでできるようになると良いですね。
取扱説明書の翻訳、技術書、文献などの翻訳は強いですよね。
書籍は大手出版社などが主流ですが、ニッチなところはまだまだニーズがあるかと思います。
業務を抱え込みすぎることを避けながら、理解のある弁護士さんや専門家などにも協力してもらいましょう。契約面でも、いざというときに頼りになる方とネットワークを作っておくことが、大切だと思います。
私の活動の一つに、子育てと介護に同時に直面しているダブルケアラーのサポートがあります。
障害児童を抱えるケアラーももちろん支援していきたいと思っていますし、同じ想いのある人、協力者を増やすことで、物事はスピーディーに進むということを痛感しています。
ダブルケアの定義とは?という話になるのですが、障害児を育てるとは、育児なのか、介護なのかと…。
私自身は介護と言われるのはやや違和感があります。私にとっては、他の兄弟とも同じ育児だから。ただ世間では介護と捉えられていることも多いかもしれませんね。
そこに親の介護が訪れている人もいますが、それは育児+介護と介護のトリプルなのかと思っていますがいかがでしょうか。
「ダブル」という言葉が「2つ」という誤解を生んでいるところがあるかなと。
私達は、育児や介護はもちろんですが、大切な人のケアが同時に重なる、つまり「複合的なケア」という広い意味で「ダブルケア」を捉えています。
研究者の見解として、「障害を持つ子どもの子育てと、障害を持っていない子どもの子育てはダブルケアである」という見方もあります。
介護という表現より、手をかける、目を向ける、気を配るということを総称してケアと呼ぶと、実状としてしっくりくるかなと思います。
社会全体を含め、男性の子育て参加が求められる
ところで、みかんぐみさんの話を伺っていて、お父さん達はどのように関わっていらっしゃるのでしょうか。
活動に参加してくれる方も沢山います。みかんぐみの出版物の中にも、父親の声として執筆いただいたこともあります。
とはいえ、父親たちも働き盛りの世代。
会の集まりに時間が取りづらい方もいるのが現状で、参加に積極的な方とそうでない方とどうしても分かれてしまいますね。
やはり通常の活動は母親たちが多いです。
父親の中には、子どもが障害を持っていることを、会社や友人にどのタイミングでどう話したらよいのか悩んでいる方もいます。
会社に勤めていらっしゃる方の場合、家庭内にケアが必要な人を抱えることで、出世コースから外されるのではないか、という不安が生じる場合がありますよね。
そうならないためにも、社会の目が変わっていくことが大事だと思います。
みかんぐみの活動を通しても、変えていく必要があると思っています。
今の50代のマネージャー世代が、少しづつ自分の事(家庭や介護をしている事など)を話し出しているので、そこから社会が変わっていけると良いですね。
さいごに
共働きが当たり前になりつつある現代において、働き盛りの世代が子どもの障害の有無に関わらず、子育てをしながら仕事をいかに継続できるかを、社会全体で考えていく必要があります。
これは女性だけの問題ではなく、男性も含めた社会全体の働き方の意識改革が解決の鍵になるのではないでしょうか。