人と語り合うことで、新たな気づきや自分を振り返るキッカケとなる「哲学対話」。
ゲンキのモトでは、「ゲンキのモトカフェ」と題して、哲学対話ユニットALUL(アルル)さんをお迎えして、オンラインによるママ達の語り合いの場を提供するイベントを開催しています。
第3回となる今回は、「子どもの叱り方」をテーマに、総勢10名の皆さまに参加いただきました。
忙しい中で子育てしていると、つい子どもを叱りすぎて自己嫌悪に陥ってしまいませんか?是非こちらのレポートを参考に、自分やお子さまを振り返るキッカケになりましたら嬉しいです!
世話人:哲学対話ユニットALUL(アルル) 和田野凉子(わだの)
哲学とは無縁の生活から、偶然出会った梶谷真司先生の哲学対話にハマり人生が変わった、元ディープなお受験教育ママ。「人の話を聴くのが好き」が高じて、コーチング歴10年。一般財団法人 生涯学習開発財団認定コーチ。
世話人:哲学対話ユニットALUL(アルル) 歌代雅代(うた)
昨年、梶谷先生が主催される哲学対話に初めて参加して哲学対話にすっかり魅了される。
哲学対話を使ったキャリア教育を広めたいと思い、今年に入り小学校にて哲学対話の授業を実施。産業カウンセラー資格、国家資格キャリアコンサルタント。座右の銘は「人生は社会見学」。
哲学対話とは?
ひとつのテーマについて他の人と語り合うことで、考え方の多様性や今まで自分になかった気づきを得ることができる、新しいコミュニケーションの形です。
<哲学対話8つのルール>
①何を話してもよい
普段は「こんなことを話したら変に思われるんじゃないか」というようなことも、哲学対話なら気にしなくてOK。
②否定的な態度はNG
他人の意見に賛同できないとしても、それを態度に出したり、批判したりしない。
③ただ聞いているだけでもOK
聞いてくれる人がいるから発言に意味がある。発言する・しないは個人の自由。
④お互いに問いかけるようにする
お話し会ではないので、必ず発言の最後に他の参加者へ問い掛けをする。
⑤知識ではなく経験から話す
知識ばかりでは話についていけない場合が出てくるため、自分の経験を話す。
⑥話がまとまらなくてもよい
⑦意見が変わってもよい
⑧分からなくてもよい
一般社会の対話とはルールが違い、周囲に気遣った発言をしなくてよいのが哲学対話のよいところ♪
出典:梶谷真司(著)「考えるとはどういうことか」幻冬舎
今回の問い「そもそも“叱る”って何?何を期待して叱っている?」
「『叱る』となると、ついみんな怒りの方向に向いてしまいがちだよね。
そもそも叱ることで、相手にどうなってほしいのかな?」
「小さな子どもに向かって『あなたのために叱っているのよ!』と言っているママさんを見かけたことがあって。でも、そのセリフがなんだか釈然としなくて、ずっと心に引っかかっていて。
自分も子どもを叱るときは、相手に良くなってほしくて注意するから、確かに『あなたのため』ではあるんだろうけど…」
「あなたのため」とは、「私はあなたの人生を応援したい、幸せにしたい」という思いが隠されているかも、という意見も。
ただ、「あなたのため」という一言は、ママの心の中だけに留めておき、あえて言葉にしなくていいことなのかもしれませんね。
「子どもを叱るときは、危ないから、死んでほしくないからと叱ることもありますよね?
叱る側も、子どもの気持ちを優先する大変さを感じながら叱っているのかもしれないね」
叱る親側の気持ちを汲み取った発言もありました!そうそう叱るって本当に大変なんですよ〜!!
「叱ること=社会性を身につけること、も含まれていると思うな。
家庭や家族もひとつの小さな社会だから、社会秩序を守るために生活習慣を叱る、我が家のルールに外れてしまったから叱る、ということはアリなのでは?」
自分に余裕がなくなると、しつけと虐待の境界が曖昧に感じることってありますよね?
「強く言い過ぎた?もしかして虐待になっていない?」って、自分でゾッとすることも。
でも、常識の範囲内のルールを教えることはやっぱり必要! 自分でその境がわからなくなったときは、まわりに相談して判断を仰ぐのも一つかも。
「叱るって価値観の押し付けなのかもしれないね。
もしかしたら、それは子どもにとっては悪いことではないし、正されたくないかもしれない。
叱っても響かないときは、もしかしたら元々の価値観が違う場合もあるかもしれない」
子どもが大きくなり経験を積むにつれて、価値観の差はどんどん広がっていくもの。
それに気づいて、価値観のすり合わせからはじめてみることも大事ですよね!
お子さんが反抗期を迎えて、自分と子どもは別人格と痛感したという声もありました。
子どもの人生の伴走者として、親は距離感を保ちながら付き合うことが必要になってくるようです。
また、子どもが理解しやすい言い方や、厭味にならない言い方で叱るよう気をつけているママも。
子どもがどうすればいいかわからない言い方では、そもそも『叱る』ことにすらなっていませんもんね!ちょっと反省です…。
「叱る」の裏には、親の要求と期待が隠されているんじゃないかな、との意見もありました。
叱る親の方にも世間的立場があるから、もしかしたら親こそ世間から常に叱られている立場なのかも、なんてちょっと塩辛い気づきも。
ママたちを悩ませる「叱る」の正体に一歩近づいた、今回の哲学対話でした!
今日の感想
「自分の子はまだ小さいけれど、子どもが大きくなったときの話も聞けて参考になった。
子どもは別人格であると自覚することが大切と知れて良かった。今日のみなさんのお話が今後の自分の指針になりました!」
「今日の哲学対話を聞いて、『馬を水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない』ということわざを思い出した。
親ができるのは機会やキッカケを与えることだけで、言われた通り実行するかどうかは子どものやる気次第。子どもが受け取りやすい叱り方というのもありそうだよね」
「『叱るの先には子どもに対する親の要求がある』というのは腹落ちした。
要求がクリアに伝わるようにしないと、ただ感情をぶつける『怒る』になってしまう。
こうなって欲しいと分かるシンプルでわかりやすい言葉掛けが大事なのではと思った」
「たとえ親子でも性格は全然違うから、日々生活するなかでぶつかってしまうこともある。
親も子どもにしっかり見られていることを自覚しないといけないよね。
今日は他のご家庭の話を聞けてとても参考になりました!」
今回の気づきポイント
●叱るとは、親の要求や期待である。要求はシンプルにわかりやすく伝えることが大切
●子どもは自分とは別人格!自分の正義が子どもの正義とイコールでない場合も多々ある
●命に関わること、危険なことは、声を荒げたとしても、注意して止めることはやっぱり大事
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ALUL のイベント
2021年5月15日(土)10:00~12:00
ゆるトーク へぇ、そうだったのか、昔の子育て!(2)
「いつ子どもは“宝”となったのか?」
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